2010年10月14日木曜日

Chicago

皆さん、こんばんは、金子君はシカゴにいたことがあるのですね!私は学会で'92年にシカゴに行きました、はじめての海外旅行でした。何から何迄カルチャーショックで大変思い出深い旅行でした。オヘア空港についたとたんに町中全てに充満する「アメリカのにおい」、これはなんと食べ物の味付けのにおいでした。これぞ本当のアメリカ味、「コテコテのシカゴ味」と言う感じで、とても食べられませんでした。「これがアメリカか!」と大変驚きました。まるで、日本で言うと、屋台から流れて来る、ラーメンや焼き鳥のにおい、と言う感じです。
でも、アメリカの都市にいろいろ行きましたが、こういうアメリカのにおいがするのはシカゴだけでした。シカゴは「アメリカで一番標準的な町」と言われ、アメリカ人の心の故郷で、アメリカ人もシカゴに行くとなぜか心が安らぐそうです."Sweet Home Chicago"という曲がありますね。
日本では大阪に例えられ、「会議都市」と言われるところでもあります。留学などして住んでみたい町です。金子君はここで過ごせてうらやましいです。
すみません、場違いな昔話でした。

by 山形の北山修
- - - - - - - - - - - - - - - - - -

シカゴは、アメリカのハートランドを呼ばれますが、まさに古きよきアメリカが残されている地域です。
西海岸は、金を追うのに必死だし、西海岸は、エンターテイメント一色。
シカゴを中心とした中西部は、メーカーや、流通業者など、アメリカ本来の産業がベースにしている、まさにアメリカのハートランドなのです。
我々が習った英語も、シカゴの近くのオハイオ州の英語がベースと言われています。だから、シカゴの英語も、日本人にとって、わかりやすいんですね。

by かねやん
- - - - - - - - - - - - - - - - - -


地図を北へ、ドラッグすると、ウィルメットという村がありますが、そこに6年半住んでました。そのちょっと西に、村営ウィルメットゴルフクラブがありますが、短い夏の間は、毎週土曜日プレーしてました。1年ゴルフやり放題で、600ドルぐらいでした。プールはただ。冬は、屋内スケートにテニス。
お金持ちが作り上げたコミュニティに、お邪魔させていただいていたという訳ですね。
町に近づくと少しづつ悪くなるんですが。ボブディランは、NYに行く前、そのすぐ南のエバンストンに住んでいました。アメリカも、今は、結構たいへんだけど、あの辺は、びくともしていないと思いますよ。

by かねやん
- - - - - - - - - - - - - - - - - -

アメリカの留学便りなどを読むとまさに、大都市郊外の白人のコミュニティーの様子などが書いてあります、これが本当のアメリカの豊かさ、底力なのだろうと思います。私は黒人音楽を聴く関係で本当はシカゴだったらサウスサイドのライブハウスなど行きたいのですが、まあ、NYのハーレムと同じで日本人が近寄れるところではないでしょうね。

三年前にNYに行きましたが(中学生の娘と、彼女がラモーンズと言うNYの古いパンクバンドのファンで、ジョーイ=ラモーンの墓参りと、ショッピングに行きました)「割れ窓理論」で軽犯罪を徹底的に取り締まっているためか、大変治安がよく、添乗員は夜一人でビレッジまで行っても大丈夫でないか、などと言っていました。

by 山形の北山修

4 件のコメント:

  1. 地図を北へ、ドラッグすると、ウィルメットという村がありますが、そこに6年半住んでました。
    そのちょっと西に、村営ウィルメットゴルフクラブがありますが、短い夏の間は、毎週土曜日プレーしてました。
    1年ゴルフやり放題で、600ドルぐらいでした。プールはただ。
    冬は、屋内スケートにテニス。
    お金持ちが作り上げたコミュニティに、お邪魔させていただいていたという訳ですね。
    町に近づくと少しづつ悪くなるんですが。
    ボブディランは、NYに行く前、そのすぐ南のエバンストンに住んでいました。
    アメリカも、今は、結構たいへんだけど、あの辺は、びくともしていないと思いますよ。

    返信削除
  2. 山形の北山修2010年10月16日 21:20

    アメリカの留学便りなどを読むとまさに、大都市郊外の白人のコミュニティーの様子などが書いてあります、これが本当のアメリカの豊かさ、底力なのだろうと思います。

    私は黒人音楽を聴く関係で本当はシカゴだったらサウスサイドのライブハウスなど行きたいのですが、まあ、NYのハーレムと同じで日本人が近寄れるところではないでしょうね。

    三年前にNYに行きましたが(中学生の娘と、彼女がラモーンズと言うNYの古いパンクバンドのファンで、ジョーイ=ラモーンの墓参りと、ショッピングに行きました)「割れ窓理論」で軽犯罪を徹底的に取り締まっているためか、大変治安がよく、添乗員は夜一人でビレッジまで行っても大丈夫でないか、などと言っていました。

    返信削除
  3. ラモーンさんの墓参り?濃いですねぇ。

    シカゴのサウスサイドには、なかなか足を踏み入れることはできませんでしたが(ホワイトソックスの野球を見に行く時ぐらい)サウスループのブラックストーンホテルぐらいまではよく行きました。
    私の住んでいた村の、黒人の比率は1%未満でしたが(ほとんどいない)、サウスに行くと、50%を越えていたと思います。
    薄暗い、たばこモクモクのステージで、名前は、聞いたことのあるようなジャズミュージッシャンが、次々にアッットホームな雰囲気で演奏していました。アルカポネの時代にタイムスリップしたみたいな空間でした。
    今、ネットで調べたら、リノベされて、当時の雰囲気とはずいぶん変わっているようですが。

    NYにも何度か行きましたが、当時から、ヴィレッジ近辺は、大丈夫でした。ブルーノートなんかにも行きました。もちろん、なるべくメインストリートのみを歩くようにはしましたが。
    ブルーノートでも、有名ミュージッシャンが、連日ショーをやっていて、私が行った時は、ナタリーコールさんだったと思います。翌週が、チックコリアさんとか。
    今から、考えると、夢のような生活でした。

    返信削除
  4. GOMEN!
    ブルーノートで堪能したのは、ナタリーコールさんではなく、ナンシーウィルソンさんでした。
    当時すでに大御所で、貫禄でした。もう20年以上前のことです。
    書いてた時に、何か違うなとは思ったのですが。
    訂正し、お詫びさせていただきます。

    返信削除